La mémoire de mathématiques

数学めも by Müde

5 「言う」と「言える」の違い

A氏の発言を受けて発言したB氏の内容、一見A氏の命題の裏を言っているようなのですが、実は裏を言っていません。もう一度確認します。

  • A氏「論理学を知っている人は、論破と言わない」
  • B氏「論理学を知らない人は、論破と言える」

気づかれたでしょうか。「言わない」の否定は「言う」が正しいのです。「言える」の否定は「言えない」です。B氏の発言は、A氏の発言を正しく否定していなかったのです。

さて、これからB氏の発言内容を検証するのですが、もし「言える」のままにすれば、それは、可能不可能の問題になってきます。

しかし、「言う」として考えると、全ての論理学を分かっていない人に調査をする必要があります。なぜなら、論理学的には「言う」は「必ず言う」であり、「論理学をわかっていない人は論破と言う」は、「すべての論理学をわかっていない人は、必ず論破と言う」ということになるからです。

これまで、論理学的な文脈で話をし続けましたが、ここで常識的な文脈で考えてみます。常識的には「言う」は「言うこともある」程度に認識するのが普通だと思うのです。結論としての動詞が能動的なもの(言う、食べる、遊ぶなど。死ぬは能動的でない場合もあります)であれば、そう認識するのが普通でしょう。

ここに、論理学的な考え方と、常識的な考え方の差が現れてきている気がします。

さて、改めてB氏の命題について考えてみます。

「言える」で考える場合、「論破」と発言することが禁止されていることは特に考えられないのだから、「論破」と言う権利があり、故にこの命題は真だと考えられそうです。

一方、「言う」として考えると、全ての論理学を分かっていない人に調査をする必要があります。なので、結論は分かりません。

口論の混乱の一つの原因は、A氏の命題を正しく否定できておらずに話が進んでしまったことにありそうです。