La mémoire de mathématiques

数学めも by Müde

6 論理式の正しさと結果の正しさ

A氏の命題は「論理学が分かる人は、論破と言わない」。この対偶は「論破と言う人は、論理学が分からない」です。そこからB氏が「(自分は)論破と言うから、論理学は分からない」と導くのは妥当です。

しかし、A氏は論理学が分からない人については一言も主張をしていません。ですので、A氏の主張を以ってしても、論理学がわからない人は、論破と言わない、とは言えないのです。

従って、A氏の発言が真だとしても、それはB氏の発言とは全く関係ないことです。

故に、B氏が主張すべきことは、「(A氏発言とは関係なく、)自分は論破と言うことができる」ということです。論破と言うことの根拠として、A氏の命題を絡ませてしまったために、口論が長引いてしまったのではないかと、私は考えています。

さて、B氏の主張を評価してみます。「論理学が分かる人は論破と言わない。ゆえに、論理学が分からない人は論破と”言える”」のか。

  1. A氏の命題が真のとき、論理学が分からない人は論破と言うことを禁じられていないため、論破と言うことができます。
  2. A氏の命題が偽のとき、前提条件が偽である命題は、その命題全体が真となるため、この命題は真であると言えます。

A氏の命題は、真か偽のどちらかでしかないため、結局、どちらの場合でも真となります(なぜ両方真になるかの詳しい説明は、Wikipediaの「論理包含」のページに解説を譲ります)。

しかし、B氏の「論理学を知らない人が、論破と言える」ということと、A氏の「論理学を知っている人は、論破と言わない」は無関係です。

ですので、「論理学が分かる人は論破と言わない。ゆえに、論理学が分からない人は論破と”言える”」の結果が真であることは、この場合、全く意味を持ちません。

つまり、論理式が真であることと、結論(A⇒BのBの方)が正しいことというのは、全く関係のないことなのです。