La mémoire de mathématiques

数学めも by Müde

デジャヴュについて

雑文です。いい加減なことを書いていますので、あまり深く考えず、ふーん、くらいの気持ちで…。


人間がなにか記憶するとき、脳がどのように記憶をしているかという詳しいことは分かりませんが、人間は多くの分子の結合だと考えれば、記憶をすることによって、脳の中では何かしら物質の変化が起きているはずだと思うのです。

人間の脳で記憶する部分は、生まれた時は空っぽの空間で、記憶することによって新たに記憶のための物質が作られる、というものではなく、予め記憶する部分には何かしらの物質が最初からあるのだけど、それが結びついていないために、記憶として意味を成すものになっていないのではないか、と思うのです。

記憶するという動作によって、記憶している部分の物質がつながったり変化することによって、意味のある記憶になると思うのですね。

プログラミングで言えば、ポインタに近い仕組みが脳にあると思うのです。メモリは、プログラムによって領域が確保され、そこにデータが格納されることで、再利用できる意味のあるデータとなるわけです。ただし、領域が確保されていない部分にも何かしらのデータが入っており、それを参照するとあらぬ動作をしてしまうわけです。

人間もそれと同じで、何かのきっかけで、本来参照されていない領域を参照してしまったために、本来自分が経験したことのない記憶のようなものを引っ張りだしてしまい、さらに、人間の高度な脳の機能である「連想」によって、既存の記憶と変な結びつきを持たせてしまうのではないかと思うのです。それが、既視感につながるんじゃないのかなあ、と思ったりしています。

人間は不思議なもので、ランダムなデータを見ても、そこに何かしら規則性を発見しようとします。これは、脳が効率的に記憶をするために、データに規則性を発見し、その規則を覚えるために、そのようなことをしているのではないかと思います。

こういった例は、記憶にかぎらず、錯覚についても同じことが言えて、錯覚が起きるのも、脳が勝手に画像をパターン化してしまっているからだと考えられます。

このように、脳の中では、現実世界で起きていることをそのまま受け入れず、一度単純化して処理する仕組みが有ると考えられ、その一つに連想記憶というのがある気がするのです。

ということで、人間の記憶には物質が関係しているのではないかということと、連想という仕組みから、デジャヴュというのが起きるんじゃないかなー、って、勝手に考えたりしていました。

おしまい。